フェミニスト討論会の話題

11月16日、#これフェミ 私から見えた風景 - また余計なことを・・・

 

ブログお休み、ウソでした。

いや、わざわざ一回消した「はてなブログアプリ」を落とし直してしまった。

依存症か。

というのも、「フェミニスト討論会」という話題の記事を読んでですね、石川さんという方がフェミ派としてどなたかと討論したとか。

それで変な言い方ですが、すごくがんばってる人がいるんだなと知った。

アウェイ感とか。

んー、うまい表現がない。

ただすごいとは思った。

賛否別として。

しかし、討論会は結局物別れに終わったような話を聞いて残念な感じか。

会合後のブログなんかも影響してかブコメも否定的意見が多いようなので、なんか書いてみます。

まあ誰も私に援護されるほどは落ちぶれていないはずだが、せめてブログでだけでも参加してみます。

そしたらまた引きあげます。

 

引用はその方のブログからです。

まずハイヒールの件。

この話の時に、「ヒールとパンプスどちらを履いてもいいということにしなさいと強制することは良いのか」というようなことを言われた。(私はそう受け取った。)強制の使い方が間違っているのではないか?と思う。

まず、雇用主はヒールを女性のみに強制させる権利を本当に持っているのだろうか?

雇用主は女性にヒールを強制していいのに、なぜ雇用主に選択肢を与えさせることを強制することは認められないのだろうか?

でもやっぱり、ここに「強制」という言葉はふさわしくないと私は思う。

ややこしい。

自由を制限する行為それ自体を制限することも自由の制限で矛盾では?という話なのか。

でもそもそも重要なのはこれ、労使関係の話ってことじゃない?

個人同士の話ではない。

つまり力関係があるでしょ、労使には。その圧倒的な前提抜きで対等な関係のように並べてよいのかどうか。

労働者は雇われている都合上弱い立場であり、それをチラつかせて一方的に不利な待遇を受けないように、例えば労働基準法などがある、はず。

例えば私は苦痛だからとナイキのスニーカー履いて出社してクビになっても「私は意思を曲げなかった!勝利したぞ!」とかいえたら、それはすげえやつだと思うけどたぶん間違ってる。仕事なくなるから。

それが力関係か。

まあ、社会的にその慣習が時代遅れな雰囲気ができれば企業はイメージを気にするのでおのずと自由になる部分ではあるけど、でもな、そんなこといってたら日が暮れるかも。

じゃあどうする。例えば行政指導。法規制。誰が? そりゃあ国会とか自治体?

やっぱり自由の制限じゃねえか。

つまり政府や自治体が企業の行動を制限すると。

それは個人的にありかも。

なぜなら労使間はそもそも対等じゃないから。規制に反対しているのにあなたも規制を用いるんですかという論理だと思うんだが、そもそもは規制という手段自体が問題ではなく、その中身が妥当なものかを問題にしているんだから、同じ手段を用いてそれを打ち消すことは矛盾しない気はする。

 

そうそう、雇ってる方が強いの。

そこじゃない?

じゃあそれを調整できるのは誰か。

それより強い人しか無理かも。

国・自治体の指導や法>企業>労働者

こういう形。

いわば労使間の力関係によって続いてる不合理な慣習だか圧力だか社会常識だかTPOだかの調整ですか。全部一緒で言い方変えてるだけっぽい。

内容が社会的に受け入れられるものであることはもちろん必要だし、いうまでもないが企業の経営は労働者自身にも関係あるわけだから、明らかに運営に不利益があるならまずい。弱いからなんでもありってことはない。

でも不都合なければいいんじゃないの?

企業怒るかも。

国は私たちから「労働者にヒールを履くことを強制する権利を、自由を奪うんですか!」

なんだこれ。変なセリフだ。

うーん。いやいや、そもそも労働者の「ヒールかパンプスかスニーカーか安全靴か、ともかく好きな靴を履いて仕事すること」を制限してるし、無意味で苦痛だからやめてって話じゃないのか。

あんまこの話題知らないので見当違いならすみません。

でも仕事に支障がないんなら強制する必要ないでしょ。嫌だっていってんだから。まあ規制の打ち消しですよね。

打ち消しは規制とはまた違うんじゃない?ややこしいな。もういいわ。

 

次に、宇崎ちゃんの話題か。

みんな好きだな。

オリンピックの公式キャラとかどうだろう。知名度は間違いないし。

私は別に気にしない派なのでスタンスが違いますが、こちらの謎かけから考える。

被害者に配慮というならば、交通事故にあった人はたくさんいるが車の広告は無くさない。女性で被害にあった人は我慢していただいて

 

試しに否定派で考えてみる。

んーー。むずいな。

自動車業界の企業活動を規制するというのはまずいですよね。

業界からの圧力とか。そういう。。

いや例えば自動車は人々の移動手段であり物流も担っている。

一方、宇崎ちゃんはオタクの血を集めている。

んー。一緒?

ああ、代替手段があるかかも。

どちらも負の側面はある?にせよ、では車に変わるものあるのか。

チャリ? いやいや。

車は必要悪という考え方はできるんじゃない?

つまり人を殺さず安全で機能や性能面で劣らない車に変わるものがない限りは。

血を集めるのは宇崎ちゃんじゃなくてもいいのでは。宇崎ちゃんでもいいけど。

これは意図的に規制派で考えてるだけです。私自身は基本、規制反対です。

次です。

宇崎ちゃんのポスターの影響力は気にするくせに、#KuToo運動によってヒールが履きづらくなる人がいるかもしれないという影響力は関係ないというのはダブルスタンダードなのではないか

これはもっとやさしいかも。

KuToo運動によってヒールが履きづらくなる人の気持ちはどうしよう。

ヒール好きなのに。

これはいわゆるお気持ちですかね。

だってヒールを履くことを規制する活動じゃないだろうし。そこは自由では。私結婚できてないから結婚しました報告やめろとか、ペットロスだから猫の動画上げるなとか、病気がちだから健康自慢やめろとか、そういう話か?

で、宇崎ちゃんは公共性の面からふさわしくないエロだし差別的な表現だ(といっている)ので、これは個人のお気持ちではなく社会のエロ描写へのありかたを問うてるわけで、個人のお気もちではない。たとえ実際に気持ち悪いと思っていても。そういっても。

建前の話ととることもできますが、Kutoo活動でヒールを履きづらくなるというのは建前もないただのお気持ちで、かつヒールが当たり前でなくなれば解消される問題です。つまりなんでもよければ、ヒールでもなんでも誰も気にしない。そういう話かも。違うかも。

んー。こんな感じかなあ。わからん。

 

ちなみに

献血者を増やすために、バストを強調する必要はあるのだろうか?

よく見かけるこの手法は悪手だと思ってます。

なぜならそれが案件に必要かつ有効なアプローチかどうかはそれが社会的に許される範囲内で企画者の自由であり他者が口を出す問題じゃないからです。必要じゃないはずだからと勝手に選択肢を制限する権利は誰にもないんですよ。

そうじゃなくて、それがまさにダメなんだ!というべき話じゃない?あり得るとしたらそっちしかない。

もしも必要じゃないものがこの世に存在し得なくなったらほとんどのものは必要じゃないから存在しえないです。私もあなたも何もかもが絶対的に交換不能な存在じゃないし必要じゃないんです。飛躍した。いつもですが。

 

「人間とモノの違いは『気持ちがあるかないか』ということ。女性の気持ちを『お気持ち』と揶揄することがモノ扱いをしている証明になっているのではないか」

いわゆる「お気持ち」というのは、多分特に裏づけのない主観とか感情に基づいた主張という意味でしょうね。

こういう実害がある、法がある、あるいは判例がありここに該当するからアウトです。もしくはそういう根拠はないが私たちにはこれこれこういう思想の元に今回の事案にNOを表明しているんだと、多分そういう話をしようといってるじゃないかな。多分。ただの想像です。

おわり。

 

そんなわけで、ブログ休止します。

今回こそ。

ちょっと依存症っぽいし不毛すぎる。

もっと意味のあることを、、そのうちやります。

ではまた来年。

f:id:bettychang:20191120170501j:image