カバーアレンジのあるべき姿とは

 

最近なぜか、自作曲以外のアレンジについての話題を目にすることが多いんですけど、なんででしょう。

togetter.com

 

つい先日も矢野顕子さんのカバー演奏について、オリジナルへの敬意がないと見なされることもあるとかないとか、そんな内容の文章を目にしました(特にそこに結論はありませんでしたが)。

 

矢野さんのカバーすごく好きなので軽く腹が立ったのですが、私の感情はともかくとして自作曲以外の曲をアレンジする時に、オリジナルのイメージに沿うことが正しいのか自己流に変えることが正しいのか。正しいという言葉自体が正しいのかという気もしますが、どうなんでしょうね。

ちょっとおもしろい話題だなと思います。

togetterであげられている話はクラシックの話ですよね。違うかも。吹奏楽か。

全然詳しくないのですがこれってもしかしたらオリジナルの音源があるか、聴けるのかどうかで分かれる話なのかなという気がしてます。

 

オリジナル音源がある場合、いわゆるロックやポップスなど20世紀〜現在までの曲は普通オリジナル音源がありますよね。楽譜だけ書いておわりという人は多分ないと思います。昔のブルースマンなんかに聞いたらそもそも楽譜なんてねえよ、って怒られるかもしれません。

それで、オリジナル音源がある時にあえてカバーをやる意味ってなんでしょうね。

思いつくところでは

1. 曲への異常な愛(その曲が好きすぎる、歌いたい、演奏したい)

2. 使命感(この曲は素晴らしい、私がなんとしても広めなければ)

3. 売名・便乗(有名曲をカバーすれば私のバージョンも聴いてもらえるかも)

 

この辺ですか。たぶん。

それでこれは私の考えなのですが、リスナー的視点で考えると同じようなアレンジでやるのならそれはもうすでにあるわけだから極端な話、元の音源を聞けばいいわけです。

もしもそこに意味があるとすれば歌ですよね。ボーカリストが違う。それは新しい価値です。

その場合オケを借りて歌ってみたとか、あるいはカラオケとかでいいと思うんですが、ない場合は似たようなアレンジを自分で作る。それはそれで素晴らしいんじゃないかな。練習にもなるし。

でも私が思うに、有名であれ無名であれミュージシャンとして人の曲をやるのであれば、もしかしてそこになにかしら別の価値を作らなくてはいけないんじゃないか。ボカロでカバーをやりだした頃に思ったことです。

ボーカリストはまた別ですが。いやボーカルも歌い方やアクセントまで模倣する人とオリジナルに作り出す人といますね。私が思うに、前者は歌のうまい人で後者はボーカリストです。

それでなぜ別の価値を作り出す必要があるのか。それはつまり、もうすでに世の中に存在するものだから。すでに誰かが作った世界観をただなぞるのは少なくともミュージシャンのやることじゃないんじゃないか。結果的に失敗に終わったとしても、少なくともそこに新しい価値を作る努力をすべきじゃないのか。

なぜなら音楽を作ることとは創作でもあるからです。

こう考えると、どちらがオリジナルに対して敬意があるカバーなのか。私はその曲の歌詞とメロディーを元にしてなおかつ自分なりの世界観を新たに作り出すことこそ最大限の敬意であると思っています。もちろん単純に模倣するほうが楽ですよ。でもそれはやる意味がない。すでにある音源を100回でも1000回でも聴くほうがよほど敬意じゃないでしょうか。

 

一方でですね、クラシックについて考えるとこれはちょっと話が違うかもしれないなと思うんですよ。全然詳しくないので変なこというかもしれませんが、クラシックってバッハとかベートーベンとかの録音技術がなかったころの楽譜を再現する芸術だという認識があるのですが、つまり音源がないわけですよね。バッハのライブアルバム持ってるとか、モーツアルトが録音したwavファイルとかないわけですよ。ないから聴けないしオリジナルもないわけですよね。音源的には。

オリジナル音源がない世界だから、可能な限り楽譜を読み取ってそこに含まれる情報から世界観を現代に再現する。こういう意味がもしかしたらあるのではないかと。それは確かな価値ですよね。

だからちょっと現代のロックとかをカバーするのとは少し話が違うのかなと。

でも自分なりのアレンジをすることはすごくいいことだと思うんですよ。

たぶんショパンとかそういう人たちもね、彼らの前で楽譜のとおりに演奏したら喜ぶかもしれないですけど、君の表現は?って聞かれると思いますよ。なぜなら楽譜に書かれていることはすべて彼ら作曲者個人の表現だから。対等に考えて、あなたはどう演奏しますかと問われると思うんですよ。

問われるというと変ですが、違うアレンジのほうが多分喜ぶと思う。

ああ、そういうアレンジもいいね、とか。怒り出す可能性もありますが。

音楽ってそういうものじゃないかな。著作人格権云々の話は置いといての話ですけど。

もしかしたらtogetterの話題とは少しそれているかもしれませんが、最近目にした話題からなんかいろいろと思いました。

何れにしても全然違う雰囲気のカバーでも歌ってみたでもなんでも、作品からまた別の新しいものが生まれることって素晴らしいことです。そう思います。