音楽の探求に終わりがない話

終わりがないですね。

なんかふと思っただけですけど。

やっぱり最終的には音楽って言葉に行き着くのかなという気がしてて。言葉の音楽の場合。まあエンタメ的にはね、実はそうじゃなくて「動画」なんだろうけど。映像。

そこはまあ専門外なので。わかっているけどやりようもないし、興味も。うーん。興味はあるけどできることもない。映像ってそもそも音楽のついでに作れるようなものじゃないんですよね。むしろ音楽がついでくらい。

話が逸れた。

それで音楽って言葉が最初なのかな。それともアフリカの民族的打楽器なのか。

アメリカの奴隷が綿花畑で労働中に声を合わせて歌ったのがブルースの起源だという話だけど、これはそんな昔の話じゃなくて、せいぜい1890年代とかか。

まあ身体的にいろいろ問題があってギターなんかもう全然弾けないんだけど、弾けないから逆に良いということもある。

結局楽器を弾けてしまうとそれで満足しちゃうし時間が取られてしまうんだけど、今の音楽って数トラックでできるものじゃないからね。そうすると、ひとりで作るにはむしろ弾けないほうが都合がいい。ようするにひとりだと脚本監督ぐらいまでやるのがせいぜいで、それ以上やるとたぶん作業時間が果てしなく1曲に数ヶ月とかになる。それはさすがにやりすぎ。

シングルタスクだから並行作業できないし、つまりどこに時間を割くか。この辺をわかってるかどうかはそれなりに物を作れるかどうかに大きく影響すると思う。才能とはまったく関係ない話で。曲を作るというのは映画を作るほど果てしなくはないだろうけど、かといってジャムセッションとかそんな程度のものでもないわけで。

DTMもそうだけど歌もボーカロイドっていうのは音楽自体の探求に非常に都合がいい。もちろん気に入ってないとやらないけど。環境面の手軽さ。手軽に完成するわけじゃないけど。

でも単にボーカルの録りの環境がないからかもしれない。かといって自分の歌を聴きたいかというと全然聴きたくない。聴きたくないもの作ってもしょうがないし、ボーカロイドだと客としても楽しめるからね。たとえ誰も聞く人がいなくなってもおれが聞ける。これは素晴らしい。でも自宅で録れる環境があればコーラスとか入れたら楽しいかもなとは思うんだけど。

言葉の話だけど、チャーリー・パットンの歌詞なんか読んだことなかったんだけど、読むとすごく身近に感じるね。刑務所にぶち込まれたとか酒がなくて辛いとか。

つまり土着性だよね。遠藤ミチロウさんがいってたのをなんかで読んだんだけど、日本語のロックとは土着性にあると。正確じゃないかもしれないけど。

例えば日本でビートルズを聴いて音楽を始めた人がいて、フォーマット的に同じようなものを目指しても、言葉というものが違う以上、その国々の土地に根ざしたものが生まれる。逆にいうとそういうものじゃないと聞かれるものにはならない。国固有の言語があり発音の特徴があり、詩的感性があり文化があるから。

ということはフランスとかベトナムとかパキスタンとか、それぞれの国固有の要素のロックがあるんだろうな。でも固有の要素というのはその国を母国としている人にしか本当のところはわからない。つまり日本語の音楽を聴いたときに私が感じる感覚は日本語をわからない人にはわからないし、日本語を外国語として学んだ人のそれともたぶん違う。

どれだけネットワークが整備されてオンラインであらゆる情報や文化にアクセスできても、なにもかもわかるわけじゃない。というよりほとんどのことはわからないまま死ぬ。それが人の肉体的な制約であり運命だ。人の有限性と束縛があるから固有の人生の物語があり、その人が生み出す固有の物語があり。

何の話かっていうと特にないんだけど、そうそう。音楽ってなんなのかなって話。

そこがずっと気になってるの。

ブルースは訳詞をすると結構見えてくる気がする。ブルースとそれ起源のものか。ロックもだけど。まあ2019年を生きる日本人の一人からみた視点として、だけど。それしかわからないし別にそれでいいと思う。

それでアレンジなんかはまあ楽器が弾けるのは当然といえばそうで、弾けないとまず聞き取れないし編成とか小節全体の構成とかまでとてもじゃないが行き着けない。実際作ってみるとまた見えて来るものがあるね。練習でとかじゃなく、本気で他人に聴かせるレベルのものを。作詞も作曲も。作曲はとにかくコピーしないとダメだな。まずコピーしないとメロディーの配列とか構成、組み立て方への興味がすぐ薄れてしまう。やりだすと興味が湧く。

作詞はでもやっぱりよくわからない。作詞が一番難しいな。表現方法が自由なものほど難しい。

そういえば、ブラインド・ウィリー・ジョンソンの歌はボイジャー1号に搭載されている地球音源集みたいなのに収録されているらしいんだけど、じゃあ太陽系外の誰かがそれを聴いたらまた違うんだろうな。歌詞とか声とか。声帯があるのかすら不明だけど。地球の生物はみんなあんな悪魔みたいな声で交信すると思われてしまう懸念があるな。でも声とは裏腹にあの人はゴスペルだから、つまりイエス。ジーザス。光属性なんですよ。あ、だからブラインド・ウィリー・ジョンソンなのかな。宇宙的宣教の意味もあり選抜されたのかも。きりがないのでこの辺で。