すげーわからん話題

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すげーわからん。

なんかでも、これはつまりファンの大半はオリジナルの中の人のファンなのか。

 

最後に、前回の投稿の言葉を使います。バーチャルになっても、魂を代えてもいいわけじゃないです。キズナアイはただ声が可愛い女の子じゃありません。彼女は過去も未来もVtuberという新しい分野を切り開き、2年間一生懸命頑張って、私達に笑顔をもたらせ、私達を繋げた女の子です。

 

なるほど。深いな。

つまり2年間の共有体験を支えてくれた人であり、それこそがvtuberを特別な存在たらしめている理由だと。つまり友達だったり恋人だったり家族だったり人間関係だったりと一緒なのか。深い話題だ。

 

 

うーん。

でもファンの方の意見をそう考えると、ここで書かれている企画意図は失敗ということになってしまうのかな。

つまりデジタルな存在が永遠に生き続け未来にわたって世界を魅了する存在ではなくて、むしろ逆に中の人との2年間という有限性では。当然人間が演じている以上年を取り死ぬし見ている自分もいずれ死ぬ。そのお互いに限られた時間の中での一時点を共に過ごしたことにこそ価値を見出しているわけでしょう。違うのかな。

じゃあ単純に中の人が世代交代すれば、同じことがまた起きるのかというとそれはちょっと疑問だな。なぜかというと、コンテンツというのは旬がある。

それはたぶん未知のものが新しく生まれた時にだけ発生する謎の期待感と高揚感と爆発力。つまりブームの話。60年代のロックの勢いは2度と訪れないし、全盛期ジャズの勢いも2度とない。ボカロブームも然り。どれも見てないから知らないけど。

 

結局死があるから生があり、出会いが有限であるからこそそこに固有の特別な意味が生まれるのだといっているような気がする。死はその絶対的な存在自体で私たちの感情をも定義する。生の終わりに死がくるのではない。死があるから生があるのだ。たぶんそれはでも、たぶんこの世の真理では。人の生とは。。

難しい話題すぎる。