少年漫画の読者は何を受け取ったのかという話題

 

島崎 譲 on Twitter: "何でこんなことになったんだろう?毎週何百万人もいた少年漫画の読者は何を読んで何を受け取って何を感動していたんだろう?力の支配に打ち勝つ物語を送り続けて来たはずなのに… https://t.co/sjKk9wmksm"

権力でたたけない悪を私刑でたたく物語ばっかりなんだから当然だと思う/ネット炎上や叩きをしている側はそれが正義だと考えてる

2019/10/09 13:52

b.hatena.ne.jp

 

するどいかも。

むしろ影響を受けているのかな。

少年漫画ってなんだろ。ドラゴンボールとかか。ワンピースはおもしろさが全くわからなかったので、すぐ挫折した。

 

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ドラゴンボールから学んだ倫理観を現実に適用すれば俺はアメリカ軍と中国軍を倒しに行かなければならなくなる。忠実に実行しようとした連中の末路は山に籠って仲間同士で殺し合いだった気がする

2019/10/09 08:46

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んー。とにかく強いやつをぶっ殺すという発想をね、まずやめろ。やめて。現実では。

私は平和主義者。ぶっ殺したいやつは、そりゃあそれなりにいたけど。これまでの人生で。

じゃあ、漫画ってむしろだめなのかな。

漫画、最近読まないけど。寄生獣とかは昔から好きですね。でも名作は七夕の国かも。カササギの旗の謎とは。。あとなんだろ。ガンツとか。ベタだな。しかもぶっ殺しまくってるじゃん。「変」の頃から読んでます。ジョジョとか?やっぱりぶっ殺してるじゃねえか。

うーん。進撃の巨人とか?あれはむしろ殺される恐怖みたいなホラー目線か?エイリアンとかプレデター的なのかな。途中まで読んだ。

じゃあこち亀とか、古くはドラえもんとか。あの辺は大筋には因果応報的作りなのかな。その手の物はわりと現実に近い気がする。つまり現実を生きる人々に向けた例え話とか教訓的な構造というか。

それにくらべてドラゴンボール的な、強い敵が現れて修行してぶっ殺すというのはあまりにも教訓がない。そもそもあれはなにかを受け取るべきものなのか。映画でいうとアクションものというか、そういう刺激が10割のものでは。

そういうのに別に教訓とかいらないしな。じゃあヒューマンドラマみたいなのは少年には受けないのかな。そりゃ受けないでしょ。もっと殺しあえ。もっと刺激を。それが少年。たぶんな。

もうちょっと漫画いろいろ読みたいな。最近のやつを。

そのうちネカフェにこもるか。

 

それで現実と漫画の違いは、それがフィクションかというよりも演出とか正義の方向性が単一か無数にあるか、の差じゃないのかな。

そもそも自分の生きている現実が本当に現実かは誰も証明できないわけだし。

水槽の脳みたいな話だが。

 

それで少年漫画の正義って作者ひとりの方向性で演出されるわけだから、つまり叩いていい人を作者が決めて、主人公がぶっ殺すわけでしょう。

じゃあむしろ少年漫画とは私刑の物語では。

いやいや。そうじゃなくて、そもそもね、闘いが必要なんですよね。エンタメには。若い男には。本能じゃないのかな。動物の。

でもフィクションとはいえぶっ殺すには正当性は必要だし暴れるやつが必要ってことか。

では現実の物語ではというと、そもそも誰が(何が)この世の悪なのかというのは個人の認識や世界観や情報量や判断力によって異なる。

誰かが誰かを悪だという物語を演出する。仮にじゃあインフルエンサーやニュースや、メディアが。でもその話が単体で真実であるかは別としてもはたして完全な悪の存在というのはありえるのか。

食べログが評価を利用して有料会員を増やしていたとしても、じゃあこれまでの企業活動すべてが悪かというと、そんなこともないでしょう。たぶん。

つまり現実には無数の物語があって、見る人によっても情報量でも興味の範囲でも異なるし、だれか一人が作り出す特定の物語が誰にとって善か悪なのか。そもそも定義は可能なのか。定義すべきなのか。それらすべてを疑うことがまず重要ではないかと思うし、そういう意味からも作者というたった一人の生み出す完全なフィクションである漫画や小説などからなにかを学び実践するという発想自体が結構危ういのではないのかな。

でもいろんな漫画があるだろうし。なんとも。はい。

 

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単純に、一部の人が言挙げてるほど「日本人が弱者叩き大好き」なんて現実は存在しないのでは

2019/10/09 08:44

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結局、現実でまず考えないといけないのはここですよね。

話題自体の主張は実態に即しているのか。

例えばメディアというのは記事を読まれないと生きていけないので、人々が食いつきそうな物語を創造とまではいわなくてもかなり誇張している可能性はある。

それ以外にもSNSなんかだと、そもそもフェイクニュースの可能性もあるわけだし。

でもフィクションにそこまでの複雑な構造を求めるのは無理では。

方向性がブレすぎてストーリーにならないかも。

それがエンターテイメントと現実の違いかもしれないし、その役割でもないような気もするし。でもそれが商業的世界の中でそれなりに成立できている作品を作れるのなら、その人は本物中の本物だと思う。

音楽のほうがフィクションと現実との境目は薄い気もするが、歌というものはなにかを真剣に現実的にリアルに表すのにはあまりにも文字数が足りない(気がしてる)。日本語が特にそうなのかなあ。

んー。難しいですね。

あんまりでも例え話っていうのはね。結局、話がぶれる。すべてはケースバイケースだし、やはり現実の問題点があればそれはどんな職業や立場やどんな表現の人であれ、まず現実に文字や言葉でそれについて語るのが、一番ではないのかな。そういう思考に創作物が少なからず影響されるというのは人間であれば必ずあるだろうけど。

そういう点ではボブディランのハリケーンとかね。他にもいっぱい同系の曲あるけど、本当に偉大な功績だと思いますね。でも誰もがああいうことをできるわけではないし(むしろほぼ誰も真似できない)必ずしもそうである必要もないし。

必要があるのならばそれは、やるべきだとは思うけど。んー、何言ってるか自分でもわかんないし、作業しようかな。では。