芸術は好きに見てはいけないという話題

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んー。

いいたいことは多分理解できていると思うが、あんまりしっくりこない話。

 

重要なのは、まわりの人々、つまりは一般の鑑賞者のわれわれが、不適切な作品解釈に対してはっきりNOを突きつけることだ。「解釈は自由」とか「芸術は好きに見ていい」とか言っていてはダメなのだ。

  

そもそも芸術ってよくわからないんだけど、ある創作ジャンルが一定の権威を帯びたものなのか。つまり創作、作品ということでいいんだろうか。図工でも動画作りでもいいかな。

 

で、なんであれ作品の意味は「それを見て聴いてどう感じるか」がすべてというか作品の本質そのものだと思うし、基本的にはむちゃな意見だと思った。

 

ただかなり特殊な話題性、例えば放射能とか原爆とか差別とか、または個人を中傷するような内容を含み実際、誤解だったり問題となっているのならだが、それはリアルに個人や特定の集団に繋がる話であれば、もしかしたら感じ方の自由では済まないかもしれない。それはある程度、作者か企画者に説明責任がある気もする。わからないが。そんな気もしてきた、かもレベル。ケースバイケースな気もするが。

できれば避けたいだろうけど。わざわざ創作物として自分で作ったものを言葉で解説するほど悲しいこともないかも。

そういう話してます?(ブログからエアリプ)

個人的には、その作品の影響や責任があるとすれば、それはやはり作者が負うべきだと思う。具体的にどうこうではなくまず気持ちの問題として。

誰かの表現は別の誰かを傷つける。創作ってそういう性質をある程度は含んでいると思う。

受け手の捉え方自体を批判する方向性は無理筋かなあ。

そう感じてはダメなんだ!とかいわれても困るし。そう感じたし捉えたんだからしょうがない。

意図的な切り取りみたいなものは避けようがないかもしれないが。テーマ的にその辺覚悟の上では?違うのかな?

そもそも、特殊なテーマ性のものと分けて考えたほうがいい話題だったりするかも。

じゃあ特殊なテーマ性ってなんだよってなる気もしますが。

うーん。難しい話題だ。あいつの作品が不快だから炎上させて謝罪させようみたいな流れができたら、、おもしろいな。いやいや、それは変でしょ。

まあ当事者や直の関係者の強い訴えなら、ケースに応じてそういうこともあるのかなと。なにひとつ断言できない話題だ。

 

 

「あいトリ」騒動は「芸術は自由に見ていい」教育の末路かもしれない(森 功次) | 現代ビジネス | 講談社(1/6)

表現は自由で、意図を勘違いするのは失礼で、でも表現者は勘違いさせようとしてくる、でもそれは批判しちゃいけない。そういうことだな?/やっぱアートは「特別」なんだな。他ならそんなの無理だよ。

2019/10/17 09:11

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「あいトリ」騒動は「芸術は自由に見ていい」教育の末路かもしれない(森 功次) | 現代ビジネス | 講談社(1/6)

小説や文学作品に置きかえてみると滑稽。「作者の意図通りに読んでいないから不適切」というのが、どれほど的外れか少しでも考えた方がいい。

2019/10/17 10:29

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「あいトリ」騒動は「芸術は自由に見ていい」教育の末路かもしれない(森 功次) | 現代ビジネス | 講談社(1/6)

今回の件に限らず、程度や使う言葉の強さの差はあれ、みんな自分の好き勝手な感想とそれに抵触する他人の意見を否定しようとしてる風に見えるし、人間そんなものだという前提で相手の意見を観察するのがよいのかも

2019/10/17 09:17

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なんかのメモ
  • 言葉の切り取り批判の問題
  • 作品は好きに見て感じていいはず(そう感じたのならいいも悪いもないが)
  • 作者が強い言葉で勘違いさせてくる可能性の問題(注目されないアーティストはそもそもアーティストでいられない)
  • 自身が繊細なテーマを扱うことを選択した結果、誤解や避難や攻撃や炎上を起こした際の作者の説明責任の有無の問題
  • 明確な主張が明らかな作品の根幹が誤解される責任の所在
  • 意図的に誤読されて別の主張に利用される問題(それも含んでのテーマ選定?)