議論とか評論とか規制の話題

献血ポスター問題について - Commentarius Saevus

 

[B! ジェンダー] 献血ポスター問題について - Commentarius Saevus

 

まだ続いてた。

これだけ続く話題も珍しいな。

なんでだろ。

 

3. 作品の倫理的側面について議論するのは法律でも、規制でもない

 

長いので全部は読んでないけど、この辺はおもしろい話だなと思った。

なぜ法律の話になるのか。

ある表現について特に批判方向で評論すること、それ自体は規制しろという意味にはならないですよね。

もっともな話。

例えば映画評論サイトにこの映画は最低のクソで倫理的にもとるという内容の感想をあげても、別に映画の公開を中止しろとかDVDを自主回収しろとかNetflixから閉め出せって意図があったりそう解釈する人はまあいない。たぶん。

じゃあ映画評論と何が違うの。

ひとつは場の問題かも。

TwitterとかSNSっていうのは使い方が決まってるわけじゃないので、その意見が社会的活動なのか政治的なものか、ただの評論か感想か、ちょっといってみただけか、迫害目的の扇動活動なのかは判断がつかない。語られている内容と発言者から想像するしかない。

つまりツールの万能さゆえに。

いやtwitterでも映画の感想は書けるな。

ああでもtwitterはそもそも作品の批判的な感想あげづらいですよね。それを好きな人にみられると無意味に相手を傷つけてしまう。怒らせたり。怒るっていうのはある意味傷つけられたことへの反射だと思うし。防衛本能。ほとんど一緒。

だから感想いったりには向かないツールだと思う。しかし好意的な意見しかいえないのならそれははたして評論や感想といえるのか。全然関係ない話。

うーん。

というかそもそも映画をどれだけこき下ろしても個人にその映画を公開中止させるような力もないか。

「ただの感想です」っていう暗黙の前提がまずあるな。

 

ああ、もしかして一番重要な違いは声を上げている人々のゴールの問題かも。彼らのゴールはそもそも評論や感想をいうことなのか。

ゾーニングでは?

その辺の違いじゃないのかな。

宇崎ちゃんを街から追い出せと。

きみはエロいので私たちの倫理感からしてこの街にはいられませんよと。でもあの表紙、本屋には積んであるんでしょ。それはまあいいか。

つまり「法的に問題ないでしょ」って意見はゾーニングという規制的なゴールに対するカウンターとして「やむなく」でているものなんじゃないの。

別に誰も法のもとに全てを定義したいと思っているわけではなく。

ある表現が倫理感という「もやっとした見えない圧力」に制約を受けないものであるためにはそこに存在すること自体は許されるセーフティーなゾーンじゃないとだめだし、仮にある人の作品や表現物への評論のゴールが「ゾーニング」であり、それが倫理感という不定なものを根拠になされてしまう話であれば、それはもはや評論ではなく排斥活動になるのでは。

議論ではあるかも。

評論っていうのはつまり、おもしろかったとか、クソだし本当に見ない方がいいよって話。

金を出す価値ゼロとか。

時間をドブに捨てたとか。

それは感想か。まあ似たようなもんでしょ。

議論というともっと広いのかも。

こんな映画がこの世に存在していいのか!(いや許されない)とか。

そんなイメージ。

あ、別に排斥活動が必ずしもだめといってるわけじゃないです。ただ考えてるだけ。

つまりそもそも発言それ自体が評論か社会的活動かも不確かであり、感想か評論か議論か表現の規制活動かも不確かで、ゴールも違うんじゃないのってことですか。それは人による。

みるものや接するものによって倫理感なるものの上限下限が時代や世代で違ったり、属する集団の感覚や繋がりで強まったり影響しあったり。それによって各集団や属性間に差異や隔たりや溝が生まれるのもまあ当たり前のはなしではある。

ネットとSNSが見知らぬ人を特定の属性や嗜好や境遇や、あるいは性癖で繋がることを容易にした。それは別の集団との溝が深まることでもあったのかも。

そして敵が可視化された。

それで問題はね、倫理感なんていう言葉で全集団や属性が語りあえるような共通認識は今どれだけあるのかって話。

感想も議論も自由。ただ何が目的なのかとも思う。

議論というものは基本何かを決定しなければ特に意味はない気がするし、決定するべきことがあるから議論があるんじゃないの。違うかな。

でも特にないのならそれは討論で、それって趣味の世界じゃないの。

そういった意味ではインターネットに議論は存在しない。

だって決定権も締め切りも投票も決議もなんもないんだし。そんな会議ないな。絶対に出席したくない。なにも決められない会議って。エンドレス・ミーティングで仕事した気になってるダメ会社感あるし、それはただの趣味でしょ。

いやちょっといいすぎた。

それいったらこのブログもそうじゃねえか。終わった。因果応報。

いや声を上げる場があるのはいいことですよね。それは進歩なんだろうな。

すごい進歩だ。

昔がいいとは全く思わないし。

でもようするに不快なのも誰かの倫理感にもとるのもわかったけど、結局どうしたいのって話なのかな。議論がただの感想や趣味の討論ならそれで目的は達成したはず。一部の人を不快にさせる絵だってのも十分過ぎるほど世に伝わったと思う。まあそこだろうな。

でも存在は許さないんだけど法とか規制とかそういうんじゃなくて倫理的にほらなんとなくわかるでしょ?っていうのなら、いやわからん。それはケースバイケースだしあなたと私は違う人間だから感じ方や考え方は違うとしかいいようがない。

 

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