日記

個人主義が福祉をぶっ壊している - メロンダウト

 

たぶんこの文章がわからない方はしあわせなんだろうな。

幸福な消費者か幸福な労働者か。

その両方か。若い人はわからなくて当然という気もするが。比較するものがなければ、つまりそれは当たり前という意味で。

大資本が市場を制すると個人の参入余地が限りなくゼロになる。

コンビニと小売店の話はわかりやすい。

問題なのは市場を独占されると物の価値自体を独占的にコントロールされることだと思う。

例えば音楽だとYouTubeが登場しサブスクが一般的になって音楽の金銭的価値が限りなくゼロになった。

結果市場の先細りになる。単純にコンテンツの金銭的価値がゼロに近づくとそれを続けられる人がほとんどいなくなるから。

だって実際には彼らは何も生み出さずにコンテンツの価値自体を下げて無理矢理サービスレベルを極限まで上げてるんだから。そしてその報いは企業にではなく現在と未来の作り手やジャンル自体の発展や多様性や可能性自体が受けることになる。

ただこの見方はあまりフェアじゃないと思う。だって彼らは場を提供したから。

物事には色々な面があるな。コストを下げることももちろん消費者にとって嬉しい。

別に慈善事業でもなく与えることでのみ場を支配できるって仕組みをいち早く理解していて、それを実践しただけ。

鞭や鎖ではなく。

丸亀製麺がまやかしのうどんでも市場に受け入れられるのは単に彼らが人々に与えているからってだけ。

本場のうどんは現地でないと食えないから99パーセントの人には接点がない。

だから文化の盗用だろうとどうでもいい。与えてくれるものに人は味方する。

そういうもん。限りなく安く与え受け入れられることでその市場を支配できる。

垢バンされると広告収入が得られなくなるリスクの話はそのとおりだが、それ以前に広告無料モデルにまでコンテンツの価値を社会的に下げられている時点ですでに支配されているといっていい。

99パーセント存続不能というレベルでは対して変わりない。

別にインディーズ的話でなく有名なアーティストでもそういう状況じゃないかな。

まあこんなこといっても無意味だしわからない人にはわからないし別に嘆いているわけでもない。考えてるだけ。

前にも書いたがこの状況はネットワークの高速化とストレージの大容量化がもたらした歴史的な必然であり、別に彼らがやらなくても誰かがやっただろうし、それ自体はすごいことでもなんでもない。

人は技術的にできればそれをやる、というだけの話。

ただ勘違いして欲しくないのは音楽それ自体の価値は変わらず素晴らしいってこと。どれだけ大企業が支配的に金銭的に市場価値を操作しても、それ自体は空気の振動による自然現象と人間の技術や感情を組み合わせた表現であり、昔も今も変わらず素晴らしい。

市場価値自体がまやかしなんだと思う。本質的にはね。ただ実際には市場のないところには表現もない。人は霞を食って生きるわけじゃないから。それはそれで現実なんだよね。

だから結局大事なことは考えることだろうな。考えて、実行する。なんでもいいわけではなく、自分が得意な物事の中から他人もそれを必要とするような。

そう考えていくと選択肢は非常に限られる。自分が好きなだけではダメだし。好きでも得意でもないことに人間は熱意も品質も出せないし続きもしないのでそれは問題外だが。金銭的な問題はそれとは別に考えていく必要はある気はするけれど。

まあ結局はこんなとこかな。