年始のごあいさつとSpotifyと人工知能の話

明けましておめでとうございます。

 

永尾明 on Spotify

 

結局Spotifyに戻ってしまいました。

リストとか作ってます。

AppleMusicを使っていたんですがやめました。

理由としてはニッキー・ホプキンスがなかった。ちょっと許されないですね。個人的に。

無料プランだけど、なんか全然不自由ないな。

どうせ有料プランでもディスクが足りないんですよね。

通信料増やして完全ストリーミング(非ダウンロード)の聴き方の方がいいんだろうか。

ちょっとひと月使ってみないとわからんですね。

 

話は変わって今年はブログ断ちを目標のひとつにしているので、当分更新しない予定です。

またコンテンツを作るもろもろが整えば、またその時続けようかなと。

なんか延々と無意味な話しててもバカみたい、だし。

案外物事ははじめるよりもやめる方がずっと難しかったりする。

SNSとかもそう。

続けるのが大事だと思うし続けるのは難しい。でもあるポイントを超えるとそうでもなかったりする。

逆にそれを捨てることが難しくなる。

なぜ捨てる必要があるのか。

何かを始めるためだと思う。

何も捨てずに何かを始めることは困難ですよね。

まず手を開ける事が大事だと思う。

時間は増えないからな。

これは当たり前のことだが、ほとんどの人にとって既に獲得したり築いた何かを捨てるというのは非常に難しい。もちろん私にとってもそう。

とりあえず身体を治してます。

治療とか筋トレとか。

AIが人から事務労働を奪うとどうなるのか。失業者はそうとう増えるはず。

どうも自動車が開発されて荷馬車の御者がタクシー運転手になるようにツールが変わるだけ、という話ではないらしい。

どちらかというと私たちは不要になった荷馬車の馬に相当する、らしい。

なんかの記事で読んだ話だが、そんな気もする。

経営者からすれば人件費は削減したいし、企業活動にあんまり人間は必要じゃなくなるかもな。

基本的には人間が模倣できることは機械もできるわけで、そんなに不思議な話でもない。

それを構成する要素を最小単位で分析して組み立て直すというのはどちらかというと機械的ですよね。

最終的に肉体的な部分しか人でなくてはいけない部分ってなくなるのかな。

クリエイティブな仕事はどうかというと、それも割と過去の作品の模倣や組み合わせだったりするからな。

まあ全く新しい物というとやはり人なのかもしれないが、それすら機械の試行錯誤で生み出せるかもしれない。

つまりAという作品があり、BがありCが生まれた。であればDを予測して生み出すのが人間じゃなくてもあまり不思議じゃない。

単体のパターンや構造を学習して模倣するだけじゃなくて論理や相関や人間の感情と反応を学習できるのであれば、それは限りなく人に近い。

自身は感じる事ができなくても、それはあまり関係ないかもしれない。

個人の思いでなく徹底したマーケティング戦略で作詞作曲するアーティストが受け入れられるのであれば、それが機械であってもなにも違いはないな。

なんで突然AIの話してるのかわからん。

ああ、結局肉体が大事な社会になるのかもしれないなという話。

だからというわけでもないが、さしあたり身体を鍛えています。

とりあえず楽器がまともに弾けるレベルに戻ればと思うんだが、非常に困難ですねこれが。

ではまたそのうち。